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福岡高等裁判所 昭和28年(ラ)68号 決定 1954年12月25日

抗告人 村野一郎(仮名)

相手方 坂田はな(仮名)

右代理人弁護士 田神勇二(仮名)

岡村芳雄(仮名)

主文

原審判を左の通り変更する。

抗告人(原審被申立人)は相手方(原審申立人)に対し金二十万円を支払うべし。

本件手続費用は原審及当審を通じ之を五分し、其の四を抗告人、その余を相手方の負担とす。

理由

(一)  抗告理由。本件抗告の理由は、(イ)原審判は相手方の一方的な虚偽の陳述のみを聴き抗告人の陳述を聴かずして為された不当の審判である。即ち原審判書の理由中には相手方が抗告人と○○に於て同棲中抗告人の養父に送金して負債を弁済したとか、抗告人が雇女と情交関係があつたとか認定されているが、之は全く相手方の一方的な陳述のみを採用した結果であつて左様な事実はない。相手方は元女給であつて家庭生活に適せず、自ら進んで家出したものである。また審判書は相手方が現在も肩書地に居住する如く記載してあるが相手方は遠隔の地で女給に類する仕事をしている。また抗告人の資産は審判書に認定されている如き時価を有しない。(ロ)本件は家事調停不調の結果審判手続に移行したものであるが、家庭事件の審判に対しては法が即時抗告を許している以上家事調停期日の経過については抗告裁判所が原審判の当否を判断し得る程度に之を記録しなければならぬのに本件記録は之を欠いている。(ハ)原審の決定した分与金額は余りにも過大であつて既に判例法上確立された慰藉料額との均衡から言つても失当であり其の根拠を欠いている。よつて原審判を取消し事件を熊本家庭裁判所八代支部に差戻す旨の裁判を求めるというに在る。

(二)  原審に於ける経過。相手方は昭和二十八年五月二十五日熊本家庭裁判所天草支部に「抗告人は申立人に対し申立書添付の目録記載の不動産の中、○印を附したもの(目録は省略するも田六筆、畑十一筆、山林五筆を指称)を分与し且申立人に対し所有権移転登記手続を為すべし」との趣旨の調停の申立を為し其の理由として陳述した要旨は「申立人は抗告人を相手取つて同裁判所に離婚調停の申立を為し調停の結果協議離婚することとなり昭和二十八年五月七日離婚届出を終了したが右離婚については申立人の責に帰すべき原因は全くないのであつて抗告人が計画的に追出しを図り申立人は其穴に落ちて出て行つたのである。婚姻後○○年も同棲しながら何等財産分与を受けないで追出された申立人の苦痛は甚大であるから申立の趣旨記載の如き調停を求める」というに在つたが、調停不調に終つた為家事審判法第二十六条第二項により調停申立のときに審判の申立があつたものと看做され審判手続に移行したものである。而して原審は申立人より甲第一号証(戸籍謄本二通)甲第二号証の一、二、三(何れも不動産の所有権者についての村長の証明書)を提出せしめ、証人坂田吉郎、申立人坂田はな本人を各審問し且鑑定人金森杉作を尋問の上、分与すべき金額を百万円と決定し、其の支払を命じたものである。以上の事実は本件記録及び原審判書によつて明である。

(三)  当裁判所の判断

原審判の財産分与額の算定は財産分与に関する民法第七百六十八条の立法趣旨から見て相当でないと思料される。即ち同条の立法趣旨を考えて見ると、婚姻継続中は夫婦は一体を為して社会的に活動するのであつて夫婦の一方が婚姻中に自己の名で得た財産も直接間接に配偶者の協力があつて初めて取得せられ維持せられたものであるから、配偶者は其の取得又は減少防止に協力した点に於て其の財産につき一種の持分的権利を有するものというべきものであるが、婚姻関係が円滑に継続している間は、此の持分を法律上の権利として其の財産を夫婦の共有とすることは実益もなく、適当でもないから、法は各財産を夫婦各自の特有財産たらしめると共に離婚又は死亡による婚姻終了の場合には各人の財産に対する持分を表面化し、離婚の場合には財産分離請求権の形で(死亡の場合は相続権の形で)其の持分の取戻を認めたものというべきである。民法第七百六十八条が家庭裁判所は当事者双方が「其の協力によつて得た財産」其他一切の事情を考慮して分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び其の方法を定むべきものとしているのも此の趣旨に出でたものと解せられ従つて分与の額を算定するについては此の点を中心として考えるべきであるが離婚するに至つた原因が何れに在るか、其の一方が将来生活に窮すると認むべきか等の事情を全然無視することも正義公平の要求に合しないから法は制度の中心的な根拠を上述の点に置きながら一方に於て是等の事情其他一切の事情を考慮して分与請求権の有無及び其の額を定むべきものとしたのである。

法の趣旨が以上の点に在る以上夫婦の一方が婚姻前から有する財産或は夫婦の一方が相続によつて得た財産は夫婦の協力によつて取得せられたものではないから夫婦が婚姻中に取得した他の財産とは同一に考えることは出来ない。ただ是等の財産と雖も、相手方の協力によつて維持せられた場合が多いから、其の意味、其の程度に於てのみ分与の対象となるというべきである。従つて分与請求権の有無、其の額、その方法を定めるには(一)分与義務者の所有財産が婚姻前から其の者の有する特有財産又は婚姻後其の者が相続によつて得た財産なりや否や。(二)婚姻継続中に於ける夫婦協力の具体的な状況如何。(三)前記法条に所謂「一切の事情」として婚姻継続期間の長短、離婚するに至つた責任が何れに在るか、離婚後に於ける分与請求権者の生活程度(富裕又は貧窮)分与義務者の分与能力の有無等を考慮しなければならない。今、本件に於て是等の事情を観るに何れも公文書なるによつて当裁判所が真正に成立したと認める甲第一号証(当事者双方の各戸籍謄本)、甲第二号証の一、二、三(何れも不動産の所有権者についての村長の証明書)に、原審証人坂田吉郎の審問調書、原審に於ける坂田はな本人の審問の結果原審鑑定人金森杉作の鑑定書に当審に於ける審理の経過(抗告人の陳述態度等所謂弁論の全趣旨に該当すべき事実)を綜合すれば、抗告人が離婚当時有していた動産全部及び店舖にしていた家屋は何れも婚姻継続中に得られたものであるが、抗告人が離婚当時有していた不動産の中右店舖を除き其の余はすべて抗告人が昭和十二年○月○日養父死亡に因る家督相続によつて取得したものであつて抗告人夫婦が之を管理するに至つたのは昭和○○年○月満洲から引揚げた後であること、及び右動産全部の見積価格は二十二万円、右店舖のそれは二十五万円、両者を合計して四十七万円であることを認め得る。従つて若し原審判の通り分与額を百万円とするならば抗告人は婚姻後得た財産中残存せるもの一切(此の価格四十七万円)を相手方に分与した上、更に前述抗告人が家督相続によつて取得した不動産中より五十三万円を分与することになる。之は叙上認定の事実を前提とすれば前述した財産分与制度の立法趣旨に適合しない過大な金額であること明である。従つて原審判は此の点から見て正当ではなく本件即時抗告は理由あるものというべきであるから之を取消し、本件は当裁判所に於て審判するを相当と認め家事審判規則第十九条に依り審判に代るべき裁判を為すべきものである。而してさきに引用した各証拠を綜合すれば、離婚原因を除き原決定の理由に記載された通りの事実を認定できるが離婚原因については抗告人には他に女があつたこと及び之が離婚の重要な原因をなしたことは認め得られないではないが、其の関係が其の後も継続していることを認むるに足るべき確証なく、却つて其の関係は格別深いものでもなく一時的のものであつたことも認め得られるし、之のみが離婚原因であつたとは断定し難い。前掲の証拠に依れば相手方に於ても予て抗告人の性格素行にあき足らざるものあり、また田畑山林はあつても諸方に借財があり、子供もなく農業労働に従事するのみで将来の楽しみも薄い等の事情も前記原因に加つて離婚を容易ならしめた消息を窺うことが出来る。以上認定の事情一切を綜合すれば抗告人が相手方に分与すべき財産は二十万円を以て相当と認むべく、其の分与の方法については原審判説示の如く金銭を以て支払わしめるのが適当と考えられるからその方法に依らしむることとし、家事審判規則第十九条第二項、家事審判法第七条、非訟事件手続法第二十八条によつて主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 野田三夫 裁判官 中村平四郎 裁判官 天野清治)

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